この記事では、小型原子炉(SMR*1, 小型モジュール炉)とは何かについて説明します。また、これまでの原子炉に対する、小型原子炉のメリットを紹介します*2。
小型原子炉は、核分裂反応によって熱を発生させる装置です(核エネルギーから熱への変換)。発生した熱によって、水を沸騰させて蒸気タービンを回転させます(熱から運動エネルギーへの変換)*3。さらに、蒸気タービンと直結した発電機によって電力を系統に供給します(運動エネルギーから電気エネルギーへの変換)。この発電までの仕組みは、既存の原子炉とは大きく異なりません。この記事では、小型原子炉と既存の原子炉*4を比較した差分を紹介します。
結論からまとめると、小型原子炉のメリットは以下の2つになります。
- 冷却しやすい
- 建設コスト試算の確実性が増す
小型原子炉の概要
小型原子炉は軽水炉です。これは既存の多くの原子炉と同じです。この内、小型原子炉は、出力30万kW以下のものを指します。*5
イメージがつきにくいですが、30万kWとはおおよそ100万世帯の家庭が消費する電力となります*6。こう考えると、小型と言ってもかなりの規模です。なお既存の国内原子炉では、浜岡5号の138kWが最大の電気出力です*7。
小型原子炉は、既存の多くの原子炉と同じ仕組みで発電します。このため、小型原子炉の発電の仕組みは以下の動画を参照してもらえたらと思います。
次に、小型原子炉のメリットとされている2つの点について述べたいと思います。
メリット① 冷却しやすい
小型原子炉は、小さいことから冷却が行いやすいとされています。以下に、一般に言われる大雑把な説明を紹介します。
まず発生する熱量は原子炉の体積に比例します。一方、原子炉から周囲へ移動する熱量は面積に比例します。このため、原子炉を小型化すると、原子炉の体積と原子炉で発生する熱量は3乗で減少します。
また、原子炉の表面基と周囲へ移動する熱量は2乗で減少し、3乗比例するものよりも減少度合いが小さくなります。このように、小型化すると、発熱量に比較して、表面から移動できる熱量が大きくなります。このため、冷却が容易になります。
冷却しやすいという点は、原子炉の安全性の向上に繋がるとされています。
福島第一原発の事故は、原子炉を冷却できなかったために炉心溶融が起こりました。既存の原子炉では、原子炉の冷却を電動ポンプで行っています。
正常な発電運転中も、想定された事故の間も、電動ポンプを運転できる前提です。しかしながら福島第一原発の事故では、電動ポンプを運転するための電気を確保できませんでした*9。これは非常時に電気を確保するために設置された非常用発電機が、津波のために稼働できなかったためです*11。
小型原子炉は、冷却がしやすく、事故時に電動ポンプを用いずに冷却することができます*12*13。このため、小型原子炉は安全性が高いとされています*14。
小型原子炉のメリット② 建設コスト試算の確実性が増す
小型原子炉はモジュール化することによって、建設コスト試算の確実性が増すとされています。しかしながら、建設・運用に要するコストが、既存の原子炉と比較して確実に低減すると言われているわけではないようです。
プラントの現地工事は機電工事(機械・電気設備設置工事)と土建工事(土木・建築工事)に分けられます*15。小型原子炉でも、基礎や建屋は必要です。一方、機電工事のコストは低減できるかもしれないということのようです。
実際に小型原子炉の建設費用が低減し建設工期が短くなるかは分かりません。しかしながら、既存の原子炉建設において欧米で課題と認識されている点を紹介します。この点を知ることで小型原子炉の欧米における立ち位置がイメージしやすくなると思います。
既存の100万kW級の原子炉を持つ発電所を、日本国内で建設する際のコストはおよそ4,000億円(37万円/kW)です*16。しかしながら、アメリカや西欧では、新設の100万kWを超える原子力発電所を建設するコストが1兆円を超えてしまっています*17。これは135万円/kWと、経産省の国内の建設実績である37万円/kWの約3.5倍です。
このようにヴォーグル3,4号機の建設費が高騰したのは、現地工事の膨らみが原因です。この建設事業による多額の損失が、東芝の経営に大きな打撃を与え、上場廃止に繋がったことは有名です。このことは、幻冬舎の「東芝の悲劇」でも紹介されています。
欧米諸国の建設費の高騰は、原子力発電所の建設実績が減っていたことが主な原因のようです。米国は、1970年代の米国スリーマイル島での事故以降、原子力発電所の建設を鈍化させ、停止していました。またフランスも2000年代以降の建設実績がほとんどありません*19。
小型原子炉メーカー
ここまで、小型原子炉のメリットを2点まとめました。いくつか有名な小型原子炉メーカーを紹介します。
NuScale (日揮、IHIが資本参加)
米国規制庁であるNRCの審査で最も先行しています。日本企業も日揮やIHIが出資しています。現在、小型原子炉の分野で新聞紙上などで最も将来が有望視されている企業です。
米国アイダホ州にある米国エネルギー省アイダホ研究所内に、初めてのプラントを建設する予定です*20。NuScale社のホームページによると将来的には、42万円/kW程度のコストを目指しているようです*21。
GE日立ニュークリアエナジー
そのほか
そのほかにも以下のような企業があります。
三菱重工業
Tennessee Valley Authority
Babcock & Wilcox
Holtec international
Rolls Royse
Westinghouse Electric
日本の課題
小型原子炉を導入するうえで、日本には以下のような課題があるようです。技術的な実績等と関係なく、以下の課題が解決されないと日本で小型原子炉を見ることはなさそうです。
・許認可制度の問題
・国民の原子力エネルギーに対する態度*23
原子力エネルギーそのものの課題
小型原子炉にはメリットがあるとされます。しかしながら、既存の原子炉と同様の課題を抱えています。代表的な点を以下に2点示します。
・想定外の事故時に、放射性物質が環境に流出しうる点*24
・使用済み核燃料の処分地が未定である点*25
おわりに
この記事では、小型原子炉(SMR, 小型モジュール炉)について紹介しました。
小型原子炉内で起こる核分裂反応は、既存の原子炉と同様のものです。既存の原子炉を小型化及び機器のモジュール化を行ったものが小型原子炉です。
既存の原子炉の建設には、「冷却に電動ポンプを使用するため、電気の確保が何としても必要」、「現地工事のコストが読みづらい」という課題がありました。小型化は電気の不要な冷却を実現します。またモジュール化は現地工事のコスト試算の容易化を実現しえます。このように、小型原子炉には既存の原子炉の課題を解決できる可能性を秘めていると言われています。また、これらを題目として、欧米諸国においては小型原子炉の開発競争が進められています。
この記事によって、最近、日経新聞などで目にする機会の多い小型原子炉(SMR, 小型モジュール炉)に関する理解が深まれば幸いです。
*1:Small modular reactor
*2:記事全般にわたり、情報の出典はできるだけ記します。しかしながら、情報の正確性は絶対的に補償することはできません。
*3:BWR, PWRによって若干ことなります。しかしながら、共に蒸気タービンを回す点は共通です。
*4:既存の原子炉とは、既存の軽水炉を指すこととします。軽水炉は、冷却媒体や中性子の減速材が軽水である原子炉のことです。日本の原子力発電所のほとんどは軽水炉です。
*5:米国規制庁NRCのSMRのHP https://www.nrc.gov/reactors/new-reactors/smr.html
*6:https://standard-project.net/energy/statistics/energy-consumption-day.html
*7:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80
*8:サイズが変わると、現れる物理現象の強弱が変化することはよくあることです。
*9:①送電線からの受電ができなかったこと、②津波で非常用発電機が故障したことが原因です。
*10:福島第一原発の事故の流れについては、以下の本が分かりやすいと思います。
*11:既存の国内の原子炉では、福島第一原発の事故以降に、非常用の電源を追加で設置しているようです。https://www.kepco.co.jp/energy_supply/energy/nuclear_power/anzenkakuho/taisaku/various_risk/reikyaku.html
*12:パッシブセーフティと呼びます。大型原子炉でも、欧州のEPRや米国のAP1000はパッシブセーフティです。https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjb/61/9/61_650/_pdf/-char/en
*13:また小型原子炉の代表格であるNuScaleの場合は、電動ポンプを用いないのは事故時の冷却だけはありません。NuScaleでは、通常運転時の水の循環も、電動ポンプによる強制循環ではなく自然対流のようです。
*14:NuScaleの場合、安全系の運転に運転員の操作は不要であり、更に安全性が高いようです。米国スリーマイル島の事故では、運転員の操作ミスが事故の拡大を招いたことを反映しているといえます。https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/genshiryoku/pdf/023_10_00.pdf
*15:機電工事の概要https://www.kajima.co.jp/enjoy/const_archi/master/elect/index.html#pagetop
*16:以下の経済産業省資料では、37万円/kWとされています。直近のプラントのコストから試算されています。https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/cost_wg/2021/data/03_05.pdf
*17:フランスのフラマンヴィル3号機は165万kWの計画です。この原発の建設費は、2兆円を超えています。https://www.reuters.com/business/energy/edf-announces-new-delay-higher-costs-flamanville-3-reactor-2022-01-12/。
アメリカのヴォーグル3, 4号機は、電気出力111kWの二つの原子炉です。この原子力発電所では、一つの号機あたり1兆5,000億円を超える費用がかかっていますhttps://www.reuters.com/business/energy/southern-delays-georgia-vogtle-reactors-startup-boosts-costs-2021-07-29/。
*18:東芝の悲劇 (幻冬舎文庫)作者大鹿靖明、幻冬舎
*19:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjb/61/9/61_650/_pdf/-char/en
*20:https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2021/resources_energy_environment/1197416_3345.html
*21:現在の経済産業省の既存の発電所の建設コストである37万円/kWに近い。
*22:https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/12/cac9fe4279da527d.html)(https://www.jetro.go.jp/biznews/2021/12/cac9fe4279da527d.html
*23:日本は民主主義国家で、多くの国民の賛意が必要です。福島第一原発の事故を受けて、原子力エネルギーへの受容度合いは低下しています。
*24:アメリカや日本の現行の規制では、地震や飛行機の衝突などは想定されているようです。
*25:既存の原子炉と同様に使用済みの核燃料をどこかへ処分(超長期的な保管)する必要がある点は変わりません。