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変化球はなぜ曲がるのか?マグヌス効果を直感的に理解する

 今回は、なぜ変化球が曲がるのかを紹介します。
   野球には、変化球が存在します。変化球は投球の際に、ボールに回転を加えることでボールの軌道が変化するという球種です*1。変化球は野球の投球術として、一般的に用いられています。以下の動画は、ダルビッシュ投手を含めたメジャートップの投手たちの投球です。4シーム(ストレート)を含めて多くの変化球を駆使していることが分かります。

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 野球において変化球が一般的である一方、回転しているボールの軌道が変化するという現象は、理解しにくいものです。この現象はマグヌス効果と呼ばれます。しかし、変化球のボールの軌道の変化は、中学校理科程度の知識があれば直感的に理解することができます。早速ですが、変化球の軌道が変化する理由は、簡単にまとめると次の3つの過程で生まれると考えると理解しやすいです。

1.ボールが回転して進む。
2.ボールの回転に周りの空気が引きずられ、ボールから力を受けた空気が移動する。
3.同時に空気からボールは力をうけて、ボールの軌道が変化する(作用反作用の法則)。

左に進み時計回りに回転するボールは、マグヌス効果によって上向きに変化する

 上の図では、ボールの軌道が変化する様子を表しています*2。まず進んでいるボールが回転すると、ボールに引きずられて周りの空気が移動します。そして進行方向とは逆向き、つまりボールの後ろ側の空気は移動します。このように、ボールから力を受けて周りの空気は移動します。そして、この空気の移動する向きは、ボールの回転と移動方向が決まれば常に一定です。作用反作用のために、ボールも空気から力を受けて移動します。これが、変化球が変化する理由です。

 以下では、2に関連する「実際にボールに引きずられて空気が移動する様子」や3に関連する「力を加えると逆に力をうけるという作用反作用の法則」について直感的に理解できるように詳しく紹介していきます。

設定

 どの変化球でもよいですが、今回は右投手のシュートの場合で説明します。シュートの変化と回転方向はピッチャーの頭上からみると次の図のように表せます。頭上からみると、ボールが左に進み時計回りに回転しているときに、ボールは図中で上向きに変化します。

右投手がシュート(頭上から見て時計回りの変化球)を左向きに投球する様子を頭上から見た模式図

 以下では、ボールが左に進み回転方向が時計回りのときに、ボールに上向きの力が働く原理を説明していきます。

回転するボールの前後で、空気が移動する

 ここでは、実際にボールに引きずられて空気が移動する様子を紹介します。
 次のYouTube動画では、回転するテニスボールに空気をあててボールの前後の空気の流れの変化を見ています。流れる空気の一部には煙が含まれ白くなっていて、目で見ることができます。

 テニスボールの前後で、ボール付近の流れは変化しています。特にボールの後ろでは、ボールの前と比べて空気が下向きに移動していることが分かります。これは、ボールの表面付近ではボールの回転に空気が引きずられることが原因です。ボールの上側では空気の流れ速く、下側では空気の流れが遅くなります。このため、ボールに当たった後に空気の合流する場所が、ボールの前で空気が分岐する場所より下側になります。このため、空気の流れが下向きになります。

 ここでは、ボールではなく空気が移動する実験の例を示しました。野球の場合は、空気ではなくボールが移動します。下の図のようにボールが移動する場合を考えることと、空気が移動する場合を考えることに本質的な違いはありません*3
 

ボールが移動する場合も空気が移動する場合も物理は変わらない

力を加えると力を受ける

 ここでは、力を与えると力を受けるという法則を紹介します。この法則は、作用反作用の法則と呼ばれる世の中に普遍な原理です。ここまで回転するボールが空気に力を働かせ下向きに移動させることを確認しました。作用反作用の原理から、逆に空気がボールに力を働かせ上向きに移動させます。これこそが変化球が変化する理由です。
 下の実験動画は宇宙空間で行われた実験です。

 宇宙で宇宙飛行士がタンクを投げると、宇宙飛行士は反対側へ移動します。これは、宇宙飛行士がタンクへ力を与えたことで、逆に宇宙飛行士がタンクから力を受けるためにおこります。宇宙空間では、重力が弱く宇宙飛行士は地面に立つ必要がありません。このため、水タンクから宇宙飛行士が受けた力によって、宇宙飛行士が移動する様子も見ることができます。地面に立っている場合、通常モノを投げても足から力を地球へ逃がします*4
   このように、モノに力を加えると逆にモノから力を受けます。このため、回転するボールが力を周りの空気に与えると、逆に周りの空気から力を受けて変化します。

回転するボールが空気から特定の方向に力を受けることで、ボールに変化が生じる。

おわりに

 今回は、変化球が変化する理由を直感的に理解する説明を紹介しました。改めてまとめると次のような順序で変化が発生します。
1.ボールが回転して進む。
2.ボールの回転に周りの空気が引きずられ、ボールから力を受けた空気が移動する。
3.同時に空気からボールは力をうけて、ボールの軌道が変化する(作用反作用の法則)。

【追記】フォークボールが落ちる理由について(2021/3/28追記)

 フォークボールは落ちる変化球の総称です*5。「低回転のバックスピンをするツーシーム」は、落ちる変化をします*6。つまり、「低回転のバックスピンをするツーシーム」はフォークボールの一種です。他にも、ジャイロ回転するボールも、フォークボールの一種です。ここでは、フォークボールが変化する理由*7を短く紹介します。

結論(フォークボールが変化する理由)

 まず結論として、フォークボールが変化する理由*8を紹介します。フォークボールが落ちる理由*9は、二つあります。
 「正のマグヌス効果」とは、今回この記事で紹介したマグヌス効果のことです。「負のマグヌス効果」とは、マグヌス効果(正のマグヌス効果)では説明できない逆向きの力が働く効果です。

  1. バックスピン(ストレートの回転)の回転数が少ないため*10。(正のマグヌス効果のみを考慮)
  2. バックスピンがあっても特定の条件では、負のマグヌス効果が働くため*11。(負のマグヌス効果も考慮)

 一つ目の理由は、今回の記事で主に紹介したマグヌス効果(正のマグヌス効果)によって説明できます。二つ目の理由は、今回の記事では紹介していない「負のマグヌス効果」によって説明できます。

 千賀投手のフォークボールは、ジャイロ回転*12をします。ジャイロ回転のボールには、マグヌス効果は働かないため、ボールは放物線に近い変化をします。これは、一つ目の「正のマグヌス効果」によって、定性的には説明できます。

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負のマグナス効果について

 フォークボールの落ちる原理は、「バックスピン(ストレートと同じ回転)がないため、自由落下によってボールが落ちる」と説明されてきました。
 しかし、例えば以下の動画のように、バックスピン成分のある*13変化球も放物線に近い軌道を見せます*14

 この効果の一端を、説明するのが「負のマグヌス効果」です。この効果は、東工大/九大/慶応大の研究チームによってシミュレーション上で発見されました。

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東京工業大/九州大/慶應義塾大の研究について

 東京工業大/九州大/慶応義塾大の研究チームが、「負のマグナス効果」を発見しました*15。大雑把な説明については、以下の動画がわかりやすいと思います。
 ボールの縫い目によって、ボール表面の空気の流れが変わることが「負のマグヌス効果」が発生する理由です。

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 プレスリリースから、「負のマグヌス効果」が働くのが分かりやすいイメージを以下に引用して示します。

 バックスピンのボールは、常に上向きの力が働いていると今までは考えられていました。特定の条件*16では、ボールが下向きの力を受けることが新しい発見です。ボールの縫い目の位置によって、ボールの周りの流れが変わる様子が、以下の図ではよくわかると思います。
 

バックスピンするツーシームが下向きに変化する様子。正のマグヌス効果を考えるだけでは、この現象を説明できない。

 以下は、研究背景のモチベーションの推測などを含め、マニアックな話をしようと思っています。

研究の背景に関する推測

 以下では、この研究「2シームが落ちる理由*17」の背景について、推測しようと思います。
 研究チームは、2019年の時点で野球ボールの変化をシミュレーションしています*18。2019年の時点で手法は確立したので、シミュレーションをするのに適したおもしろい変化球を探していたのだと思います。そこで研究チームが注目したのが、「バックスピンがあるが落ちる2シーム」だったのだと思います。なぜならば、野球の本場であるアメリカで、バックスピンがあるのに落ちる2シームが話題となっていたからです。

 今までの変化球は、マグヌス効果*19によって説明されていました。しかし、バックスピンがあるのに落ちる2シームの原理はマグヌス効果で説明できなかったのです。

マグヌス効果で説明できないボールの変化の発見

 MLBでは投手の投げたボールの情報があるていど公開されています。その情報を整理していく中で、MLBのファンは、マグヌス効果では説明できないボールの変化*20があることに気が付きました。
 特に2020年にはじめて公開されたデータ*21によって、MLBファンはマグヌス効果以外の物理的なモデルがないと説明できないことを確信したのです。
 東工大/九大/慶応大のシミュレーションは、このような中行われた研究だと思います。結果的にシミュレーションを行うことで、「マグヌス効果(正のマグヌス効果)」では説明できない効果の一つとして、「負のマグヌス効果」を見つけ出したようです。
 このような理由からも、フォークボールの変化の原理を見つけたという、「マグヌス効果(正のマグヌス効果)」以外の効果(負のマグヌス効果)を発見したことが、野球ファン界隈からすると大きな衝撃であるわけです。  
 このような流れから推測すると、今後の研究としては、ジャイロ回転とバックスピンを含む2シームのシミュレーションなどが、考えられるのかなと思います。

 例えば、次のようなサイトで、マグヌス効果以外の効果について紹介されています。

www.baseballprospectus.com

 また、マグヌス効果以外の効果として考えられているSSW (Seam Shifted Wake) モデル*22については、以下のようなサイトで確認できます。

blogs.fangraphs.com

www.youtube.com

おわりに(part2)

 マグヌス効果は標高の高い球場を打者有利とする効果があります。以下の記事では、このことについて紹介しています。興味があればお目通しください。

cat2tech.hatenablog.jp

 野球の巧拙に変化球が発生する原因について理解する必要がありません*24。しかし、その原因について興味をもっている方が、今回の記事を本質的な理解に役立てることができていれば幸いです。
 今回の記事は、たまたま「岩波講座 物理学の基礎 月報 No.4 1972.9. 電子対発生と揚力の理論 今井功」を読み、そこで紹介されていた揚力の説明の直感的な理解のしやすさに感銘を受け作成しました。一般的な揚力の説明には、「完全流体の理論」と「回転する球の表面では流体が球と同じ速度で回転すること」から導出された式で説明されることが多いです。この理論によって理論的に導出された揚力Lは、 L=\rho U \Gamma となり、定量的に評価できます。ここで \rhoは流体の密度、 Uは流速、 \Gammaは循環です。しかし、なぜ揚力が発生できるかの原因に関しては、今回紹介したように「空気がボールの回転に引きずられること」と「作用反作用」からの方がより直感的に理解できると思います。
 マグヌス効果の、「完全流体の理論」を用いたアプローチには以下のような教科書が参考となります。これらのうち、初学者向けとして学習するのであれば「流れのすじがよくわかる 流体力学」がオススメです。

 世の中には誤ったマグヌス効果の理解が多くあります。マグヌス効果を以下のような図で説明されることがあります*25

マグヌス効果の説明に関する誤った図。実際には、ボールの前後で空気の流れに変化がおきる。
   この図は誤解を招きます。マグヌス効果において本質的に重要なことは、ボールの前後で空気の流れが変化することからわかるように、ボールも空気から力を受け、ボールに変化が生じることです。このような図は、ボールの前後で空気の流れが変化しておらず、本質的に現象の理解の妨げとなると思います。このような図が描かれる背景には、先に挙げたように「完全流体の理論」によって揚力が計算できることがあると思います。このため、現象の本質的に重要な部分を理解していないのに、理論による計算ができることをもって現象を理解したように感じてしまっている人が多いようです。この点では、wikipediaのマグヌス効果のページの図は、周囲の流体の流れが変化しており理解の助けになると思います。

motor-actuator.com

cat2tech.hatenablog.jp

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*1:フォークやナックルなどボールに回転を与えないことで変化させる変化球もあります。

*2:ボールに働く空気から受ける力は、揚力以外にも効力の成分がありますが、簡単のために揚力のみを図示しています。また、もちろんボールには重力も働きます。

*3:野外球場では空気の流れ(風)が存在します。このように実際は、ボールの移動と空気の流れが共に存在しています。この場合も、空気とボールの相対的な速度のみが問題となります。このため風が吹くと変化球の変化が変わります。

*4:次の動画は、トライの作用反作用を紹介した授業動画です。作用反作用について具体的に学べます。

*5:変化球の分類は、難しい点が多いです。

*6:後で紹介するプレスリリースでは、1100 rpmのバックスピンのツーシーム

*7:今まで分かっている限り

*8:私が理解している範囲です。誤っていたら申し訳ありません。

*9:ストレートに比較して、フォークボールが放物線に近い軌道をする理由を含めます。

*10:マグヌス効果による上向きの力が、ストレートよりも小さくなるため。ボールが放物線に近い軌道となる。バックスピンの回転数が少ないという表現に、トップスピンの回転のボールも含めます。

*11:マグヌス効果のみを考慮すると、バックスピンのボールには上向きの力が働く(正のマグヌス効果)。しかし、バックスピンであっても、下向きの力が働くことがあります。この下向きの力が働く効果を、負のマグヌス効果と呼びます。

*12:ボールの回転軸と、ボールの進む向きが同じになる回転のこと。

*13:ほとんど回転軸は縦ですが

*14:動画はストラスバーグのチェンジアップです。彼のチェンジアップは、放物線に近い軌道となります。ここで放物線に近い軌道とは、放物線を描いた際の落差と同じ大きさの変化ということです。軌道が同じという表現は、あまりよくないかもしれません。

*15:「フォークボールの謎を解明」というプレスリリースでしたが、今回の研究については「負のマグヌス効果」を発見という内容が大きなインパクトがあります。「正のマグヌス効果」が定量的に評価が可能であったことについては、すでに報告されているようです。報告内容は以下のリンクから確認できます。 CLBM による回転移動する野球ボールの空力解析
上記の報告書と2021年3月のプレスリリースを比較すると、今回のプレスリリースは「負のマグヌス効果」が重要なことが分かります。

 ちなみにシミュレーションの元なる物理的な原理は格子ボルツマン法というものです。
 どういう内容のモデルか、勉強したことはありません。非平衡統計力学で有名な、ボルツマン方程式と似たアイデアを用いて、流体の挙動をモデル化するようです。
 いつか暇になったら読もうと思ってると、格子ボルツマン法に関する無料のPDFと書籍を張っておきます。
・ボルツマン法が記載されている非平衡統計力学の教科書
 まずは、この本のボルツマン法の項目を復習しようと思っています。

・無料で読めるPDF
 次に無料で紹介されている資料を読もうと思っています。この資料までは、いつか読みたいです。
格子ボルツマン法に関する無料pdf

・格子ボルツマン法に関する書籍
 無料PDFと同じ著者による教科書です。本当に自分に時間ができたら、この本を読もうと思っています。

*16:ツーシーム、回転数1100rpmのバックスピン

*17:放物線と同じくらい落ちる場合です。

*18:CLBM による回転移動する野球ボールの空力解析

*19:研究中では正のマグヌス効果と説明

*20:シンキングファストボールなど

*21:投球時のボールの回転軸が、2020シーズンより公開された。それまでは回転数のみが公開されていた。

*22:大雑把に言うと、ボールの縫い目の角度によって、マグヌス効果以外の効果が働きボールが変化するモデルのようです。バックスピンがあるが落ちる2シームについての説明はできないようです。

*23:物理現象は誰が見ても同じため、似たような紹介でした。

*24:また、野球のボールには縫い目が存在し縫い目も変化に影響します。

*25:https://shingakunet.com/journal/learning/3111/ http://baseballers.fc2web.com/pitching/re-nazemagaru.html のようなサイトがこのような図を用いています