この記事では、クアーズフィールドが打者有利な球場である理由を紹介します。
標高が高い地域にある球場は、打者有利な球場となります。これは、標高が高い地点では、空気の密度が薄くなるためです。空気の密度が低くなることによって、打者有利な現象が生まれます。空気の密度が低くなることによって、打者有利となる現象は大きく次の二つに分けられます。
1.打球が飛びやすくなる。
2.変化球の変化が少なくなる。
1つ目の「打球が飛びやすくなる」ことは、直感的にも理解しやすいと思います。これは、標高が高いと球場の空気の密度が低くなるため、打球の空気抵抗が低くなるために起こります。
今回の記事では、2つ目の「変化球の変化が少なくなる」という点について、主に説明しようと思います。この現象も空気の密度が低くなることによって引き起こされます。また、標高が高い地点にある球場では「変化球の変化が少なるなる」だけではなく「ストレートのノビ*1」も小さくなります。これによって、クアーズフィールドでは、エース級のピッチャーでも、並みのピッチャーレベルの結果しか得ることができません。
クアーズフィールドとは
クアーズフィールドとは、メジャーリーグの球場です。アメリカのコロラド州デンバーに位置し、標高がおよそ1,600 mの地点に球場があります*2。日本国内にも、松本市営球場 (標高641 m) や長野市営オリンピックスタジアム (標高 353 m)など、標高の高い地点に位置する球場は存在します。
クアーズフィールドは、他の球場と比較してメジャーリーグの球場の中で最も打者に有利な球場であることが知られています。これには、物理的な背景があります。クアーズフィールドは、標高が高いために空気の密度が低くなっています。空気の密度は、おおよそ20%程度低いことが知られています*3。
空気の密度が低いとどのような影響が出るでしょうか。主に、その影響は次の2つになります。そして、これらの影響は共に打者に有利に働くものです。
1.打球が飛びやすくなる。
2.変化球の変化が少なくなる。
以下では、これらの影響について紹介していこうと思います。
打球の飛距離と標高の関係
標高が高くなると、打球の飛距離が長くなります。この影響は、打者に有利に働きます。この影響は、標高が高くなることで、空気の密度が薄くなることで、打球に働く空気抵抗が低くなることで起こります。
例えば、海抜0 mで120 mのホームランが、クアーズフィールドでは132 mまで伸びるようです。これは、ボールが16 m/sの追い風を受ける場合の飛距離とほぼ同じです。この例からも、標高の高さが打球の飛距離に及ぼす影響についてよくわかると思います。
*4
変化球の変化と標高の関係
標高が高い球場では、変化球の変化が小さくなります。この影響は、打者に有利に働きます。
この現象は直感的には、理解しづらいものです。日本人の元メジャーリーガーの方は、NHKの解説の際に、「クアーズフィールドでは、変化球がほどけるような感覚だ。」と表現していました。クアーズフィールドでは、投手が明らかに違和感を感じるほど変化球の変化が小さくなってしまうのです。
次に、実際にボールの変化が小さくなっていることを示す図について、説明したいと思います。
標高が高くなると変化しづらくなる具体例
実際に標高の高い球場では、変化球の変化が少なくなっている様子が、以下の図によって示されています。この図では、同じ投手の変化球の変化を標高の高いクアーズフィールドとその他の球場で比較しています。結論としては、クアーズフィールドでは、全ての球種で他球場よりもボールが変化しづらいことが示されています(各球種の紫色の点が、全て対応する黒色の点より内側にある)。
ストレートやツーシームに関しては、変化量がボール2個程度の大きさ分も減少しています。このことから、標高が与える変化球への影響が大きいことが理解できます。図の読み取りかたの詳細については以下で説明します。
紫がクアーズフィールドでの変化、黒が他球場での変化を表す。クアーズフィールドでは、ボールの変化量が小さくなる。
この図では、オッタビーノという右投手*5の2017年と2018年の球種毎の変化量を表しています。この図は、ボールの変化をキャッチャー視点で見た結果となります。また、四角の枠の中心はボールに何も回転をかけなかった際のボールが到達する位置となっています。紫色の点はクアーズフィールドでの変化量、黒色が他球場での変化量を表しています。また、それぞれの色の丸い色は野球のボールの大きさ、四角の枠はストライクゾーンの大きさに対応します。
例えば、「Slider(スライダー)」と書かれた変化球の変化が横に大きいことや、「4-Seam Fastball(ストレート)」と書かれた変化球の変化が上向きに大きい*6ことから図の見方はイメージできるかなと思います。
図を見てわかるように、全ての球種で紫色の丸い点は、対応する黒い点よりも内側にあります。紫色の点はクアーズフィールドでの変化量、黒い点は他球場での変化量を表しています。このことから、全ての球種でクアーズフィールドでの変化量は他球場よりも小さくなっていることが分かります。
図中の英語での変化球名と対応する日本語は以下の通りです。
・4-Seam Fastball ストレート
・2-Seam Fastball ツーシーム
・Slider スライダー
・Cutter カッター、カットボール
この図は、「クアーズフィールドにおける投球の動きの分析*7」から引用しました。
次に何故、標高が高い地点では、変化球の変化が小さくなるかを説明します。
標高が高いと変化球が変化量が減る理由
変化球が変化するのは、物理的にはマグヌス効果という効果に起因します。
この効果を直感的にイメージすることは難しいと思います。もし気になる方は、以下の過去記事をご覧になっていただけたらと思います。
マグヌス効果によって、ボールは変化する向きに力を受けます。
このような変化球が変化しようとする力は下の式のように表すことができます。以下の式を見て分かるように、ボールの変化しようとする力は空気の密度に比例します。つまり、空気の密度が低くなると変化球の変化が小さくなります*8。このため、標高が高く空気の密度が低い球場では、変化球の変化が小さくなり、打者有利となります。
(変化球が変化する力)∝(空気の密度)×(ボールの速さ+向かい風の速さ)×(ボールの回転数)
∝:この記号は左右の式が比例することを表します。
例えば、クアーズフィールドでは、空気の密度は海抜0 mの地点と比較して、20%程度低くなります。単純に上記の式を、当てはめるとクアーズフィールドでは、変化球の変化が20%程度減少することになります。これは、エース級のピッチャーが並みのピッチャー程度の働きしかできないことを意味します*9。
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野球に関する本
綱島理友のアメリカン・ベースボール徹底攻略ブック
この本は、アメリカの野球について紹介されている本です。野球の歴史なども紹介されています。
メジャーリーグを代表としたアメリカ野球の入門書として、これ以上の本はないと思います。アメリカにメジャーリーグ観戦に行く前に目を通しておくと少しだけ観戦が楽しいものとなるはずです。
絶版のような点だけが残念な点です。
マネーボール
予算の少ないメジャーリーグのお話です。予算が少ないチームを率いる球団の経営者が、予算の制約の中でより多くの勝利をつかみ取る過程を描いたノンフィクション作品です。
予算の制約の中で、より良い選手を見つけるために、球団が野球に関する統計的な手法(セイバーメトリクス)を採用していく過程が描かれています。21世紀の野球を語る上で欠かすことのできない名作です。
ブラッド・ピッド主演で映画化もされており、こちらも有名です。
ベースボールの物理学
野球のボールの飛び方といった、物理現象としての側面を紹介した本です。この本は、アメリカ人の物理学者であるアデアさんが書いた本です。著者であるアデアさんは、友人がメジャーリーグの経営者であり、その経営者の方の依頼をきっかけとして、このような本をまとめたそうです。
英語版はアメリカのアマゾンでは50件のレビューがつくほどで、アメリカでの知名度は高いようです。このように野球の物理的な側面が紹介され、日本語で販売されている本は少ないです。
おわりに
今回は、標高が高い球場は打者有利な球場となる一般的な傾向について紹介しました。標高が高くなると、空気の密度が低くなります。このことによって、「空気抵抗の減少」と「変化球の変化の減少」が起こり、打者有利な球場となります。
過去に変化球の変化について紹介しました。以下の記事もよかったら参照ください。
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*1:ここでは、ストレートのノビとはストレートの上方向への変化であると解釈しています。ストレートは、スピンがかけられ上方向に変化します。
*2:1,600 mはおよそ1 mileであることから、マイル-ハイ-スタジアムと呼ばれます。
*3:例えば、次のようなサイトにデンバーの空気密度に関する記述があります。https://analyticcycling.com/ForcesAirDensity_Page.html
*4:クアーズフィールドを本拠地とするロッキーズの公式HPによる。無風で120 mのホームランが、追い風が16 m/sの場合には、129 mまで伸びる。http://colorado.rockies.mlb.com/col/ballpark/history.jsp
*5:2012年から2018年まで、ロッキースに在籍
*6:ストレートは、何もスピンをかけないで投げたボールと比べると、上向きに変化します。これは、マグヌス効果によるもので、変化球が変化するメカニズムと同一の物理的な背景を有します。
*7:英語の題は”An analysis of pitch movement at coors field”で、アメリカの野球ファンサイトであるfan graphsで公開されています。 https://community.fangraphs.com/an-analysis-of-pitch-movement-at-coors-field/
*8:同時に、変化球の変化量は向かい風の速さにも影響されます。この他にも球場の風には、直接ボールを移動させる効果があります。これは、一般的にイメージされる風の効果です。
*9:日本人メジャーリーガーのダルビッシュは、メジャーリーグの中でも、ストレートの回転数が多い投手です。メジャーリーグで最多奪三振を獲得した2013年のダルビッシュ有のストレートの平均回転数は2501 rpmでした。これに対して、メジャーリーグのストレートの平均回転数は2200 rpm程度です。エース級の投手はボールの回転数を多くすることによって、ストレートのノビを大きくしています。しかし、2013年のダルビッシュの場合でも、平均的な投手との回転数の違いは、20%もありません。ストレートの伸びは、「ボールの回転数」と「空気の密度」に比例します。このため、空気の密度が20%程度低いクアーズフィールドでプレイするだけで、エース級のピッチャーのストレートが平均的なピッチャーのストレートと同等となってしまうと言えます。留意していただきたいのは、ここではピッチャーのストレートを、回転数の点のみから論じている点です。当然ですがピッチャーの成績には、これ以外にも多くの要因が影響を与えます。