材料力学の目的を分かりやすく紹介します。
簡単にまとめると、材料力学の目的は、対象をモデル化し、モノにかかる力や変形量を計算することです。また、材料力学のモデルを用いて計算した力から、モノが壊れるかどうかを判定することもできます。
機械の設計においては、事前にモノが壊れるかやどの程度変形するかを予測できることは重要な項目になります。
以下では、機械設計における強度検討の流れを中心として、材料力学の目的を分かりやすく紹介します。
このページは、主に日刊工業新聞社の「CAEのための材料力学 遠田治正著」を参考として記載しています。詳しく知りたい方は、こちらの本を参照いただけたらと思います。最後に参考図書を、まとめて挙げています。
機械設計とは何か
機械設計とは、機械の製作のために、技術的な計画を行うことです。
設計では、効率化のためにあらかじめ問題が発生しそうなポイントに絞って検討を行います。このように設計段階での検討を、設計検討と呼ぶこととします。
設計検討で漏れた項目は、故障の原因となることもあるし、故障の原因とならないこともあります。
効率化のために、よく故障の原因となる項目が、設計検討の項目と言えます。
機械設計に関わる事項と、機械工学、故障の要因、材料力学の包含関係を下の図にまとめました。
材料力学は、故障の要因を事前に検討できる手法の一つです。モノが壊れないかの検討のために非常に重要です。
機械工学の概要については、以下の記事にて記載しています。
材料力学
機械設計の設計検討の際に、よく用いられる事項の一つが材料力学です。
材料力学が用いられる理由は、闇雲にモノを作ると強度が足りないことでモノが壊れるからです。
モノが壊れないことを手軽に確かめたい場合は、材料力学というツールが最適です。
このように、モノが壊れないか検討することを強度設計といいます。
材料力学を用いて、どのように強度検討するかの流れを次に紹介します。
強度検討の流れ
強度検討の流れを、以下の図にまとめました。
まず、材料と寸法を決めます。この2つについては、根拠をガチガチに固めるのではなく、なんとなくそれっぽいものにします。
次に、モデル化して応力を計算します。この応力の計算の際に、材料力学を用います。材料力学でなく、CAEによる有限要素法を行うこともあります。
安全率を決めます。材料固有の定数と安全率から許容応力を決めます。
モデル計算の応力値が、許容応力以内であれば強度上問題ないという結果になります。
この一連の流れが、強度検討です。モノが壊れないかどうかを事前に検討することができます。
強度以外の項目も考えながら、この強度検討を繰り返すことで、より良い機械の設計を目指します。
強度検討の背後にある考え方
強度検討の流れを説明しました。この流れで強度検討ができる理由を、ここから紹介します。
まず強度検討の目的は、モノが壊れるか壊れないかを判定することです。
モノが壊れる基準のモデル化
そこで、まずはモノが壊れる基準をモデル化する必要があります。モノが壊れる基準としては、「主応力説」や「せん断エネルギー説」などがあります。
例えば、主応力説を採用する場合、モノが壊れるかどうかの判定基準として、主応力を用います。また、せん断エネルギー説を採用する場合は、モノが壊れるかどうかの判定基準として、せん断エネルギーを用います。
どのようなモデル化が適切かは、実験との比較から決められます。
例えば、機械設計でよく使われる鉄であれば、大きな荷重をかけた破壊(延性破壊)では「せん断ひずみエネルギー説*2」が実験とよく一致しますし、疲労による破壊(脆性破壊)では「主応力説」が実験とよく一致します。
なお「せん断ひずみエネルギー」は、一般的に「ミーゼス応力*3」の形で扱われます。このため、以下では疲労破壊(脆性破壊)の判定値として、ミーゼス応力を用います。
応力(主応力、ミーゼス応力)の計算
主応力やミーゼス応力を用いると、モノが壊れるかの判定が行えます。
そして、各部の主応力やミーゼス応力の計算には、各部の応力を用います。
材料力学やCAE(有限要素法)を用いると、各部の応力を算出することができます。
材料力学によるモデル化の方が、簡単に再現性が高い結果を得られるというメリットがあります。
一方、CAE(有限要素法)によるモデル化の方が、複雑な対象をモデル化できるというメリットがあります。
工学では再現性の高さが重要です。このため、CAEを利用する場合でも、材料力学モデルを扱えることが非常に重要となります。
許容応力の決定
許容応力は、設計上許容できる最大の応力のことです。
(算出した応力)≦(許容応力)
上記の式が成立すれば、強度検討上はモノが壊れず許容できる設計ということになります。
ただし許容応力以内であれば、絶対にモノが壊れないわけではありません。考慮できていないことがあったり、モデル化が不適切であったりするとモノは壊れます。
許容応力とは、「ある人間の集団内の強度検討の取り決めとして許容できる最大の応力」という意味だからです。
このため、許容応力は自然に決まるわけではなく、人間集団の考え方が反映されたものとなります。
許容応力の種類
単に許容応力といった場合でも、どの応力を指すかは状況によります。
延性破壊の検討を行う場合など、主応力で判定する場合は、許容主応力のことです。また、脆性破壊の検討を行う場合など、ミーゼス応力で判定する場合は、許容ミーゼス応力のことです。
許容応力の設定方法
強度検討は、モノの破壊を防ぐことが目的です。このため許容応力は、モノが壊れる応力(材料強度)をベースに決定します。
具体的には、許容応力は以下の式で表されます。ここで安全率という考え方が出てきます。
(許容応力)=(材料強度)/(安全率)=(モノが壊れる応力)/(安全率)
以下では、上記の式に含まれる「モノが壊れる応力(材料強度)」と「安全率」について紹介します。
延性破壊の場合:強度
延性破壊の場合は、せん断エネルギー仮説を適用し、判定基準にはミーゼス応力を用います。
延性破壊が起こる応力(モノが壊れる応力)としては、引張強度を用います。
引張強度は、機械系のエンジニアであれば馴染みのある値と思います。
以下の図では、応力ひずみ曲線上に、引張強度を表しています。鉄が発揮できる最も大きな応力が引張強度です。
脆性破壊(疲労破壊)の場合①NS線図
脆性破壊(疲労破壊)の場合は、主応力仮説を適用し、判定基準としては主応力を用います。
脆性破壊(疲労破壊)が起こる応力(モノが壊れる応力)として、NS線図を用います。
NS線図のイメージを下に示します。
まず機械に必要と考えられる寿命を設定します。これを設計寿命といいます。
設計寿命の間に、モノに荷重がかかる回数:Nを設定します。この回数の設定は、モノがどういう使われ方をするか考えて決めます。
「このモノに荷重がかかる回数」と「NS線図」から、「モノが壊れる応力」を読み取ります。
モノの運用状態を仮定して、モノに繰り返しかかる応力を算出します。この応力の算出には、材料力学やCAEを用います。この応力が、モノが壊れる応力以内であれば、モノは壊れないと判定できます。
NS線図を用いる方法では、材料試験や各種の資料からNS線図を用意する必要があります。
このNS線図の用意は、かなりの負担となります。そこで、簡便に行いたい場合は、次に紹介する修正グッドマン線図が用いられます。
脆性破壊(疲労破壊)の場合②修正グッドマン線図
モノが壊れる応力を得る方法として、修正グッドマン線図が用いられます。
修正グッドマン線図は、容易に得られる材料パラメータを用いて疲労破壊でモノが壊れる応力(疲労強度)を予測するためのモデルです。
疲労強度の予測に必要な材料パラメータは、「引張強度」と「疲労限度」の2つです。この2つのパラメータは簡単に得ることができます*4。
まず材料力学モデルなどで、モノに繰り返して働く応力を算出します。このようにして得た応力の時間変化のうち、「応力の振幅」と「応力の平均値」に注目します。
以下の図のように、修正グッドマン線図の内側に「応力の振幅」と「応力の平均値」の組み合わせが入れば疲労破壊しないという判定となります。
このように、修正グッドマン線図を用いる際は、応力を2つ用いて強度の判定を行うことになります。
安全率の決め方
安全率は、応力解析を強度検討という人間社会の営みに適用するためのパラメータです。
安全率の性質上、安全率の決め方には人間集団内での合意が必要です。
安全率の決め方には、大きく3種類があります。
- 規格から引用する。
- 所属組織内の資料から引用する。
- 所属組織内の決定方式に従って計算する。
規格や組織内資料からの引用では、値をもってきます。
安全率の計算の考え方は、日刊工業新聞社の「CAEのための材料力学」などに記載されています。
強度の判定
ここまでで、「モノにかかる応力」と「許容応力」を紹介しました。
「許容応力」は、(許容応力)=(材料強度)/(安全率)で計算できます。
最終的に、(モノにかかる応力)<(許容応力)となれば、検討上はモノが応力で壊れることはないということになります。
この後は、材料や寸法を変化させて、よりよい設計をさぐることとなります。
強度検討では、決められたルールに基づいて手続きを行います。このため、強度検討と寸法変更などを自動で繰り返して、最適な設計を行うトポロジー最適化と呼ばれる手法も存在します。
強度検討を含めてもろもろの検討が終われば、「実機試験」「モデル試験」「製品生産」に繋がっていることとなります。
モノの変形量の計算
材料力学では、モノの「応力の計算」や「変形量の計算」ができます。
ここまで、材料力学の目的として「応力の計算」に注目して強度検討を挙げてきました。
加工による「製品付加価値の向上」を目的とする場合は、「変形量の計算」に注目します。
まとめ
材料力学の目的を紹介しました。
材料力学は、モデル化による「応力の計算」と「変形量の計算」に用いられます。そして、この応力を用いて強度検討を行う流れについても紹介しました。
機械設計において、材料力学は強度検討に用いられることが多いです。
また、形状的な付加価値を付与する際には、材料力学による変形量の予測が用いられます。
このページで紹介した強度検討は、非常に簡単にイメージが分かりやすいものとしています。実際には、より複雑な検討方法が多くあります。
しかしながら、このページで紹介している検討の流れが基本的なベースにあります。このため多くの強度検討の方法は、このページの知識があると理解しやすいと思います。
最後に、各事項の参考文献を挙げております。しっかりとした根拠を確認したい際に、参照いただけますと幸いです。
参考文献
参考となる本を紹介します。
強度解析の重要性
■ジェットエンジンの仕組み
オススメ度合:★★★★
前提知識:機械工学の学部レベルの知識
機械工学の基礎を知っている人向けに書かれたジェットエンジンの入門書です。
「第四章 頼れるエンジン」を読むと、強度設計の具体的なイメージや必要性を感じることができます。
強度検討の全体像
◾️CAEのための材料力学
オススメ度合:★★★★★
前提知識:材料力学の入門レベルの知識
強度検討の流れを紹介した本です。
今風にするためか、題名はCAEを前提とされています。しかしながら材料力学のみの検討でも使える検討フローが紹介されています。
機会設計の強度検討の全体像について紹介した本として、これ以上にまとまった本は無いのでは無いかと思います。
■原子炉構造工学(第2版)
オススメ度:★★★
前提知識:材料力学の初歩、本ページ程度の強度設計の初歩
原子炉を題材に、具体的に強度設計手法を紹介している図書です。
具体的な強度設計の手法が、詳しく記載されている図書は珍しいです。原子炉とは関係ない製品に関しても、検討の流れは同じです。「所属している組織に強度設計の基準がない場合」や、「所属組織の強度設計手法を点検したい場合」には、参照対象や比較対象として非常に役立つと思います。
材料力学
材料力学では、モノの各部の応力を計算することができます。
◾️やさしく学べる材料力学
オススメ度合:★★★
前提知識:高校レベルの力学
材料力学の入門書です。
強度検討では、CAEを利用する場合でも、材料力学の雰囲気を知っていることが必要です。
材料力学の雰囲気を十分知る事ができます。
◾️材料力学の基礎
オススメ度合:★★★★★
前提知識:高校レベルの力学
材料力学の初心者向けの教科書です。
内容は簡潔でありながらも、入門書よりも詳しい内容となっています。収録されている分野はおおよそ同じです。
理論式の背景のイメージがつきやすくなります。一方で、詳しく記載されているため、材料力学の全体像を把握してから読むと良いかもしれないと思います。
現代では、この本の記載事項を理解していれば、強度検討上で材料力学の知識が不足することは無いと思われます。
◾️材料力学 上下
オススメ度合:★★★
前提知識:入門レベルの材料力学
材料力学の教科書です。
初版が1966年であり分量が多いです。多くの例題が記載されており、例題から材料力学によるモデル化方法を多く知ることができます。
材料力学によるモデル化は、難しいことが多いです。このため、一から作り上げるというよりも、教科書の例題や演習書を参考とするのが王道です。
現代では、材料力学モデルを新たに作成して適用することが少なくなっています。このため、このような本を学ぶことで、多くの材料力学モデルを扱えるようになる必要性は相対的にに低下していると思われます。
■JSMEテキストシリーズ 材料力学
オススメ度合:★★★★
前提知識:高校レベルの力学
日本機械学会が出している材料力学の教科書です。
教科書ですが、大きくて見やすいので辞書的に使いやすいです。逆に通常の教科書よりも大きいので持ち運びや収納には苦労します。
破壊のモデルについて
破壊をモデル化することは、破壊の判定を行う強度設計に不可欠です。材料力学の教科書にも、数ページ記載されることが多いです。
■CAEのための材料力学
オススメ度合:★★★★★
前提知識:統計学の初歩、材料力学の初歩
すでに紹介していますが、この本では簡単な破壊の考え方や安全率に関する考え方が紹介されています。
破壊の仕方は、材料によってことなります。このため、まず初めにイメージを掴むことが大事です。全体像が掴めていないと、そもそも何をしているのか分からなくなってしまいます。この本は、イメージを掴む上で最良の本といえます。
具体的な安全率の算出方法が記載されています。
なお後ほど紹介する、「差別化戦略のための生産システム」にも安全率の例が記載されています。
■基礎強度学
オススメ度合:★★★★
前提知識:材料力学の初歩
機械設計に使われる破壊や信頼性解析のモデルについて学べます。
基本的な内容が多いので、材料力学の教科書に記載された破壊の内容からスムーズに接続できます。
機械設計のイメージ
以下に、機械設計全体のイメージを掴むのにオススメである「実際の設計選書シリーズ」の本を紹介します。
基本的に「差別化戦略のための生産システム」→「続・実際の設計」と読み進めるのが、具体的で理解がしやすいと思います。
■差別化戦略のための生産システム
オススメ度合:★★★★★
前提知識:高校レベルの力学
工場の生産システムを製作する流れが、かなり具体的に学べます。
機械設計が求められる場面のイメージがつきやすいと思います。
■続・実際の設計
オススメ度合:★★★★
前提知識:高校レベルの力学
機械設計で必要な初歩的な知識がまとまっています。
機械設計に必要な知識は、実のところあまりまとまっていません。このため、このような本があると機械設計のイメージがつきやすくなります。
この本に載っている事項のうち、技術的に難しいが再現性が高い事項を大学学部で学ぶイメージです。
*2:主せん断応力説の方がよく合うようですが、せん断ひずみエネルギーを表すミーゼス応力が用いられやすい。
*3:せん断ひずみエネルギーのルートを取り、定数倍した値。
*4:これら2つのパラメータの簡単な決め方は「CAEのための材料利力学」に記載されています。「4.3 限界値と変動係数の入手方法・推定方法」を確認願います。